一番印象深かった推薦入試合格者
仕事柄、推薦入試を受ける生徒を担当することがしばしばある。前にも書いた通り、推薦入試ではまず志望理由書を仕上げることが最初の関門になるのだけど、これが案外できない。
志望理由とあわせて必要になるのが、いわゆる「自己PR」である。自分が高校時代に何に力を入れたか、ということをアピールするのである。学業面であれば、数学オリンピックに出た、SSHで研究をした、大学の何とかプログラムみたいなもので共同研究的なものをした、などであろうし、それ以外でいえば生徒会長を務めた、体育祭や文化祭の委員長を務めた、クラブの部長を務めた、などであろう。大抵は似たようなエピソードになるのだが、その中で自分の価値観を示すことのできるユニークな要素を盛り込むというのが、似たり寄ったりの志望理由書で差別化を狙うための常套手段であろう。
しかし、私が以前担当した生徒は、そういった経験がほぼ皆無であった。上記のような、学業面で優秀な成果を残したというわけでもなく、部活動もやっていなかったという。推薦入試を志す生徒では初めてのことだったので、私もどうしたものかと考えた。
こういうときはとにかく対話である。対話の中で、本人ですら気づかなかった新たな強みや価値観を掘り起こせることは珍しくない。しかしながら、その生徒が志望大学に行きたいという情熱は他の生徒よりも強いものを感じたが、肝心の自己PRのネタが全く特筆すべきものがない状況だった。
ここまで書くと何の取り柄もないような生徒に思われるかもしれないが、決してそうではない。先に述べた通り、志望動機はリサーチもしっかりしていて強いものを感じた。「なんとなく○○学部」なんていう生徒もたくさんいる中で、これは光り輝くものがあると思う。それに、対話をしていると、度胸もあるし気さくだし、何より、一生懸命自分の言葉で伝えるという気持ちが強いのだ。これも用意した原稿をただ思い出しながら声に出すのとは雲泥の差である。それゆえ、身振り手振りがオーバーすぎたり、敬語が欠落したりすることはしばしばあったのだが(笑)D・カーネギーも「話し方入門」で熱意の大切さを説いていたが、まさにそれを具現化したような生徒だった。
結局自己PRのネタとしてひねりだしたのが、授業での発表における内容だった。正直、どんな生徒でも経験として持っているであろうネタだった。確かにインパクトには欠けるが、なるべくオンリーワンになるような構成を一緒に考え尽くしたし、面接練習も1〜2時間を3セットはやった。やるべきことはやった。あとはそれを補って余りあるこの生徒の熱意に託そうと思った。
それで、もちろんこういう記事を書いているから御察しの通り、この生徒は見事合格を果たしたのだった。私は推薦入試は「一芸」に秀でた人間を選考するものだと思っていた。もちろんそういう傾向は今でもあるのだろうが、この事例はそういう私の考えを根底からひっくり返すものだったし、これ以降の指導にも多大な影響を与える経験となった。真面目であれば、熱意があれば、他人にはない経験がなくても、大学は評価してくれ、迎え入れてくれるのだ。もう「キミには秀でた実績がないから推薦は避けた方がいい」なんて言えないだろう。