ツキアカリテラス

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【大学入試】無機化学の反応式(塩素の製法)

生徒:先生!塩素の実験室的製法の反応式がよくわかりません!丸覚えしたらいいですか!?

 

先生:うーん、、反応式は確かに書けたらそれでいいわけで、覚えたもの勝ちではあるけれど、あれもこれもと片っ端から暗記していくとキリがないよ。だから、暗記しなくていい部分はなるべく暗記せずに書けるように工夫をしていった方がいい。そうしたら、他の暗記しなければならないことに記憶の容量を空けることができるだろう?

 

生徒:では先生、この反応も暗記せずに書けるのですか?

 

先生:そうだよ。もっとも、「最小限の暗記」は必要だけどね。まず、この反応って濃塩酸の塩化物イオンが塩素になるんだろう?ということは、この反応はどんな反応かな?

 

生徒:塩化物イオンが塩素になるということは、、、電子を出す、、、えっと、それ以外よくわかりません、、、

 

先生:電子を出すということは電子を受け取る物質があるということ、つまり、電子のやり取りを伴う反応だ。だからこの反応は酸化還元反応だね。

 

生徒:ああ、思い出しました!

 

先生:ではこれも覚えているかな?酸化還元反応の反応式はどうやって作るんだい?

 

生徒:ああ、、、やったことがあるのは覚えているのですがどうやるかを思い出せない、、、

 

先生:よし、もう一度復習だ。酸化還元反応の反応式を書くステップはこうだ。

 

① 半反応式を作る

② ①の電子を消去してイオン反応式を作る

③ ②をもとに、イオンを含まない反応式を作る

 

そして、半反応式はこう書くんだったね。

 

(前提)反応前後の物質は覚える

① 酸素原子の数を水分子で合わせる

② 水素原子の数を水素イオンで合わせる

電荷を電子で合わせる

 

生徒:なんだ、結局反応前後の物質は覚えないといけないのか、、、

 

先生:でもね、反応式を丸暗記しなくていい分、まだましじゃないか、それにさっきの塩化物イオンのように単純なものも結構あるし、それを差し引けばそれほど暗記量は多くないよ。じゃあやってみよう。まず塩化物イオンは簡単だね。2Cl^- → Cl2 + 2e^-だ。じゃあ酸化マンガン(Ⅳ)はどうだろう?まずこれがマンガン(Ⅱ)イオンになることは覚えておこう。そうすると、

 

MnO2 → Mn^(2+)

 

となる。まずは酸素原子の数を合わせると

 

 MnO2 → Mn^(2+) + 2H2O

 

となる。それで今度は水素原子の数を合わせる。すると、

 

 MnO2 + 4H^+ → Mn^(2+) + 2H2O

 

となるね。最後に電荷を合わせると、

 

 MnO2 + 4H^+ 2e^- → Mn^(2+) + 2H2O

 

となる。これで半反応式は完成だ。あとは電子を消去して式を1つにまとめてみよう。どうなる?

 

生徒:えっと、、電子の係数は同じなのでそのまま足したらいいですよね。だから

 

 MnO2 + 4H^+ 2Cl^- + 2e^- → Mn^(2+) + 2H2O + Cl2

 

ですね。

 

先生:よし、ここまできたらあと少しだ。あとはイオンを含まない反応式にする。左辺の水素イオンに注目しよう。こういうのは水素イオンに注目すると簡単に書ける場合が多い。この水素イオンは何から出てきたものだろう?

 

生徒:酸から、だから濃塩酸ですね。

 

先生:そう。だからこの水素イオンはHClに変えないといけない。いま、左辺にはすでに塩化物イオンが書かれているので、さらに加えなければならない塩化物イオンは2つだね。これで左辺で4HClが作れる。あとは右辺を見ると、マンガン(Ⅱ)イオンと塩化物イオンがあるので、これをくっつけると塩化マンガン(Ⅱ)ができるね。

 

 MnO2 + 4HCl → MnCl2 + 2H2O + Cl2

 

生徒:できました!ということは、MnO2がMn^(2+)になることだけ注意して覚えれば、あとは化学基礎で習った通りに書くことができるんですね。

 

先生:その通りだ。無機化学の反応では、酸化還元反応がかなりたくさんあって、同じようにして書ける反応が多い。一度自分で手を動かして書くといいよ。それができれば、その反応式は丸暗記なしで書けるからね。

 

生徒:はい、ありがとうございます!

質問していいですか?の違和感

「質問していいですか?」

 

よく生徒から言われる言葉である。ビジネスシーンでも誰かと話すときには「いまお時間よろしいですか?」と言うのが一つのマナーであるし、相手への気遣いという点では何も問題がない。ただ、文脈にもよるのだが、個人的にはこう言われると、すごくむずむずするというか、「ええがなええがな」となってしまう。いちいちことわらなくても、と思うのだ。私が手が塞がっていてバタバタしているのであればまだいい。私が明らかに暇なときでもこういうふうに言われると、「ええがなええがな」となってしまうのだ。

 

教える人間が提供するサービスとはなんだろうか?「物事を教えること」であるのは言うまでもない。しかし、それは手段であって目的ではなく、目的は「目の前の生徒が学力を向上させられること」にあるので、何かわからないことがあったときに疑問点を解決させてあげるのもまた、同等に重要なサービスだと思うのだ。

 

だから、質問をされるのは当然だと思う。私にしてみれば、質問されるのは飲食店で食事やらお冷を出すのと同じ感覚なのだ。飲食店で「ここで食べてもいいですか」と言われるような感覚があるのだ。「質問があります」ならまだしも「〜いいですか?」と言われるとうーん、、、となってしまう。私の感覚がズレている気もしなくもないが、実際そうなっちゃうからなあ、、、

 

むしろそういう気遣いというか敬意であれば、他にもできる場面はあるから(言葉遣いとかね)そこでやってほしいなと思う。

学校は想像以上に難しいことをやっている

仕事柄、学校の授業内容についても質問を受けることが多く、その中で学校でどのレベルまで授業が展開されているのかを知ることも多い。特にここ数年は、学校で扱われている内容のレベルが非常に高いなと思わされることばかりだ。

 

例えば化学の場合、結合であれば混成軌道は扱うし(まあ化学基礎の教科書で発展事項として記載は一応あるからね)、結晶であっても、高1で大学入試レベルまでガッツリ一通り扱う、つまり入試問題で定番の限界半径比だったり、それこそ難関大くらいでしか見かけないであろう、水素吸蔵合金など結晶の隙間に原子を入れる問題などまで普通に扱われている。

 

もちろん、学校は3年間を見通して体型的にカリキュラムを組んでいるわけだし、学校には学校なりの考えや価値観や意図はあるので、それを否定するつもりは毛頭ない。しかし、生徒本人にしてみればなかなか大変だなと思う。いつかはそれくらいのレベルを消化しなければならない。ただ、その消化ペースやタイミングは個人によって少しずつ異なるので、個別にそのあたりはうまくサポートしてやらなければならないなと感じる。

 

それこそ、私教育に携わる人間がお構いなしに、学校で学んだことと全く親和性のないような難度の高いことをやることは消化不良を促すだけではないかなと思う。学校のやり方をどうこう言うよりも、個人的にはそちらの方がよっぽど問題だと思っている。結局教える内容は学校であっても塾であっても変わることはない。問題はそれをどれだけ完全消化した形にもっていくか、だ。それを学校だけでできる生徒もいるし、学校自体ももちろんそれを目指す。だが、それでも困り感を抱える生徒は必ず出てくる。そのような生徒を、学校も塾も野放しにしてはならないのは当然だ。

 

完全に学校準拠というわけにもいかないが、学校で習う内容がだんだん高度化していく中で、わからずに困っている生徒に寄り添った指導は今後ますます大切になってくると思う。

少しずつ徳を重ねるしかない

これだけ多くの生徒を担当していれば、すぐに親しい間柄になるような生徒もいれば、なかなか打ち解けられないような生徒もいる。特に異動したての場合というのは、基本的に冷たい目とまではいかないまでも、前任者ロスというのはあるわけで、多少不満をもった眼差しで見られることは少なくない。

 

それでもめげずにちゃんとしたことをやっていれば、いつかは「せんせい、、」と質問を持ってきたり、進路の相談をしてきたりする。もちろん、毎回そうそううまくはいかない。実際に、このときの対応がまずくてそれっきり疎遠になってしまった生徒も何人かいる。まだ対応できればいいのだが、お互いに言葉がすれ違いになってしまって、ずっと打ち解けられなかった事例もある。こういうことたちがあったときは、本当に自分は教師としての資質があるのかを疑いたくなってしまうものだが、それでもめげずに対応をし続けるしかないかなと思う。

 

本当に、泥臭くかつ地道な作業である。少しずつ徳を積み重ねる、修行僧のような行いが必要となる。でも、ベストな方法は正直これしか思い浮かばないのだ。

 

最近、とある生徒が割と頻繁に私の元に来るようになった。理由はわからない。ともすると私に対する信頼度が高まったわけではなく、仕方なしに来ているのかもしれない。でもやるべきことをやる、誠心誠意対応するのみだ。

大学の理系学部志望者は英語を頑張って欲しい

これは普段の進路指導でも事あるごとに言っていることなのだけど、とにかく大学受験生で理系の人は英語を頑張って欲しい。流石に苦手なものを得意になれとまでは言わないけれど、せめて苦手でないレベルに、せめて共通テストレベルのリーディングであれば文法も含めて難なくできるようにして欲しいなと思う。

 

私自身、どちらかと言えば数学が苦手で(好きだったけれど)英語がどちらかと言えば得意な人間だった。本番は数学は5割もなかったはずだけれど(部分点込みでようやく5割届いたかなといったところ)、英語と理科で引っ張ることができて合格を果たすことができた。

 

私が思うに、英語というか、語学の勉強はすべての勉強法の基礎になりうるものだと思う。だから、英語で学び方のノウハウを会得すれば、それは他の科目にも適用が可能であると思う。そして、帰国子女やネイティブには遠く及ばないものの、ある程度は努力で近づけることができるとも思っている。言い換えれば、英語は最も努力が嘘をつかない科目だと思っているのだ。実際、模試などで数学の点数はぶれることがあっても、英語の点数でそういった話はあまり聞かない。常に上空飛行か、低空飛行か、である。

 

さらに言えば、肌感覚でしかないが、英語ができる受験生の合格率は高いように思う。逆に、英語が苦手であった場合、どれだけ理数系の科目が得意であっても合格の保証はない気がする。もちろん全員がそうではないのだが、数学で引っ張ろうと思えばよっぽどできなければならない(二次試験本番で8割とか)ことは覚悟した方がいいと思う。理数系は模試でも余裕で8割オーバーだった生徒が、本番でも残念な結果に終わった生徒を何人か知っている(さすがに不安はあったものの、模試では普通にA判定を出していたのでショックは大きかった)。数学の予想以上の難化で差がつけづらかったことと、何より英語が大きく足を引っ張るほどの実力だったからだ。

 

この夏は基礎固めに最適な期間である。ここで特に英語が苦手な人は、まずは共通テストなら大丈夫、というレベルに持っていくことが大切である。

私のラフな映像授業の準備

映像授業はもはや当たり前のツールとなっている。そして、その形式も様々である。おそらく多数派としては「Powerpoint/Keynoteを用いたプレゼン」であるが、私はそうではない。

 

私はiPadのGoodnotesで手書きをしながら授業をしている。ただ、完全に手書きではなく、その書くスペースをPowerpointで作成し、それをpdfにして、そこにGoodnotesで書き込む形式だ。オンデマンドもライブもこの形式である。いわゆるKahn Academyと同じスタイルだ。

 

色々思うところがあって、何度か純粋な「Powerpoint/Keynoteを用いたプレゼン」に移行しようとしたが、結局この形式に落ち着いている。なぜ移行したかったのかというと、やはりその方が見栄えがいいからだ。

 

しかし、このようなスタイルの一番の難点は準備に時間がかかることである。特に理系科目の場合、数式エディタも使わなければならない分、さらに面倒なものになる。今となっては授業案もすごくラフなものしか書かないから、余計に面倒である。そして、収録中に誤植が見つかった時に「ああああああ」ってなってしまうこともある。それよりは、手書きで書いていって、万が一誤植が見つかったらその部分だけ編集でカットする方が楽である。

 

綺麗なスライドには魅力を感じてしまうのだが、実際、生徒がそれを望んでいるのかというと疑問である。我々がやらねばならないことは生徒に芸術的な板書を見せることよりも、生徒ができなかったことを自力でできるようにさせることだ。もちろん芸術的な板書を動機付けとした学習もアリだと思うのだが、目的を履き違えてはならない。授業はあくまでも我々教師のためにあるのではなく、生徒のためにあるのだ。

 

それに、私は映像授業はなるべく手軽なツールとして使えるのが良いと思っている。アップデートしたいなという気持ちもありつつ、今のところ、最適解はこの方法かなと思っている。

化学における理解型暗記の例(周期律)

暑くなってきた。今年は猛暑という予報なので、熱中症にならないように気をつけたい。室内でも熱中症は十分に起こりうるので、水分補給なども欠かさずにしておきたいところである。自習室で根を詰めてやっていると、水分補給を忘れることも少なくないので。

 

化学は割と敬遠されやすいというか、勉強を面倒くさがられやすい科目だと思っている。中途半端に計算や思考が、そして中途半端に暗記が必要なので、結局どちらか一方だけで押し切れるものではないからだ。もちろん丸暗記しなければならないことはあるのだが、全部がそうではない。そうではないものについて、暗記をなるべく減らすのが、暗記型の学習において大切なことである(他の科目でもそうなのだが)。

 

例えば周期律。これは電子配置さえ頭にあれば理論的に理解をしていくことができる。イオン化エネルギー(第一イオン化エネルギー)を例にとってみよう。まず、イオン化エネルギーの定義は覚えておかねばならない。「原子が1個電子を失うときに必要となるエネルギー」のことである。

 

さてここで、この定義を丸呑みにするだけではいけない。そもそもなぜ「エネルギーが必要」なのか、である。これは電気的な力を頭にいれておけば難なく理解できる。電子を手放すということは、電子のもつ負電荷と、原子核における陽子のもつ正電荷との間にはたらく引力に逆らって電子を動かすことである。ここからエネルギーが必要だというのは理解できるだろう。そして、このイメージがあれば、イオン化エネルギーが小さいほど陽イオンになりやすいという、一見ん?と思ってしまうような事柄も難なく理解できる。電子を手放すのに必要なエネルギーが小さいということは、それだけ電子を引き付ける力が弱い、言い換えれば電子を手放しやすいので、陽イオンになりやすいのである。

 

そしてこの引力の強さは、原子核における陽子の数と、原子核から一番離れている電子殻との距離に関係がある。まず、周期表でヨコの関係においては、前者が原子番号(=陽子数)の増加に伴って増えるので、引力は強くなる。ではイオン化エネルギーは?そう、もちろん必要なエネルギーはその分大きくなるので、イオン化エネルギーは大きくなある。次に、周期表でタテの関係においては、後者が原子番号の増加に伴って大きくなる。つまり、原子核と最外殻電子の距離が遠くなるので、引力は弱くなる。だからイオン化エネルギーもその分小さくなるのだ。

 

ここで、周期表でタテに見たとき、原子番号の増加に伴って陽子は増えるのでは?と思ったあなたは鋭い。しっかり「なぜ」という考え方ができている証拠だ。これは、最外殻の内側に注目すればよい。すなわち、陽子数も増えるが、最外殻よりも内側にある電子の数も同時に増えるのだ。その差を考えた場合に、正味の正電荷の数は実は変わっていないことがわかる。だから、周期表のタテの関係を見る際には、陽子数の増加は考えなくてもよいのだ。

 

以上のことから、周期表において、右上にある原子ほどイオン化エネルギーが大きい傾向にあることがわかる。そして、陽イオンへのなりやすさはこれとは逆の関係、つまり、左下にある原子ほど陽イオンになりやすいということもわかる。

 

このようにして、1つ1つ「なんでそうなるのか」を教科書の知識を駆使しながら理解しつつ、覚えていくことが大切である。