ツキアカリテラス

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コピーバンドなのかカバーバンドなのかトリビュートバンドなのか

プロのアーティストの音楽を演奏する私的なバンドは一般にコピーバンド、略してコピバンと呼ばれる。私はこれ以外に呼び名はないものと思っていたのだが、最近ちょくちょく聞く(といってもここ2年ほどはコロナのためにバンド活動の話をほぼ耳にしないのだが)のが、「カバーバンド」や「トリビュートバンド」といった呼び名である。私の周りだけなのかもしれないが、この言い回しはそこそこ浸透しているように思われる。おそらくはプロが別のプロの曲を演奏してみた、歌ってみたものをカバーアルバム、トリビュートアルバムと呼ぶことに由来しているのかもしれないが、コピーバンドとしか形容できないと思っていた私にとって、この言い回しは新鮮だった。

 

ただ、どうもカバー、トリビュート、といった表現は、特にアマチュアバンドにおいてはいかがなものかな、といった印象がある。そもそもの言葉の意味とは違うのだろうが、完全コピーをしなくてもいいんだ、という主張が垣間見えてしまうのだ。カバーやトリビュートが成立するのは素養のあるプロがやるからだと思っている。

 

守破離」という言葉があるが、やはり何か一芸をもつ、あるいは新しい芸事を会得するためには先人のやり方を「守る」のが大切になってくる。なにせ最初のうちは右も左もわからないのだ。適当にやっても、表現者の中に大したストックがなければ、薄っぺらいものしかできない。そこから抜け出すには、センスある先人の模倣をするのが一番手っ取り早い。そこから帰納的に音楽理論なりテクニックなりよく使われるフレーズなりを自分のものにしていくことができれば、それがやがてはオリジナリティのある癖になってくるものだと思う。これがいわば「離れる」の域に達することだと思う。

 

だからまずは「コピー」をする、という意識が大事だと思う。自分の手癖に頼ってプロの作品を演奏(歌唱含む)するのは、それはそれで楽しいのかもしれないけれど、演者のステップアップにはつながらない。そして、演奏がマンネリ化するのも時間の問題だと思う。まずは素養を深める、そのために解釈を深く行っていく(これぞコピーである)ことが大切だと思う。スコアだけを追っかけていてもギターのチョーキングポルタメントの速さを再現することは難しい。やっぱり音をちゃんと聴いた上で真似しなければならない。ボーカルにしても、どうも音符と違う、ギターで言えばクォーターチョーキング(つまり半音ほど変化していないが明らかに音符が示す音よりも高い/低い)っぽい歌い回しもあったりするので、それを再現してみる。こういったことの積み重ねをやることは、より豊かな表現をするためにも、自己研鑽のためにも大事だと思う。

 

堂々と「コピーバンドです!」と名乗ればいいと思う。完全コピーがまだできていなくたって、それで最初は笑われたっていいじゃないか。そのスタンスを継続していると、その笑いは嘲笑から感激の笑いに変わるだろうと思う。