ツキアカリテラス

tsuki-akr terrace

これ、国語の問題だよね

タイトルは私の口癖である。なお、私は国語を教えていない。化学(たまに物理)を教えている。

 

理科を教える仕事に携わったことがあれば重々承知であろうが、理科の問題は「問いの設定」を正確に理解できるかどうかが一番のポイントである。もちろん、基本知識は暗記しておかなければならないのだが、それらのうち、どの知識を選択してどのように適用するかは問題文を読まなければ分からないのである。四角い穴に丸いブロックを当てはめることはできない(たまに力ずくで無理やり当てはめて、成功しちゃう人もいるけれど)。

 

だから、問題文に示された情報はこれでもかというくらい、ねちっこく見る。「『このとき』ってどんなとき?」「よって、ということは前の式を使えば答えが出るんだよね」といった具合だ。もはや国語の授業である。

 

しかし、これがなかなか生徒にとっては難しいもので、できるようになるまではある程度の時間と労力を要する(だから理科といっても早期に勉強を始める必要があると思う)。ここで目の前の生徒に最適化した教え方を示すというのは、場の授業の醍醐味なんだなと最近は思う。同じことを二度伝えたり、板書で自分の思考を図式化したりして試行錯誤をしている。最終的には生徒それぞれが自力で私と同じことができればいい。そこまでのプロセスは自由だから、やれることは思いつく限りやっていこうかなと思う。パッとこういうことができれば良いのだが、そのレベルに至れていないのはまだまだ未熟だと痛感する。

 

なお、このような問題文のカラクリを理解したい人は代ゼミ富田一彦先生が書かれた「試験勉強という名の知的冒険」を読まれると良いと思う。教科は違えど、ここに書かれている内容が頭に入っているかいないかで問題文の構成要素を見る目はかなり変わると思う。

 

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